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●日経スペシャル カンブリア宮殿|“奇跡の集客”シリーズ第1弾!
「リピーター続々、年間140万人が殺到 “驚異のリゾート”福島ハワイアンズの底力」 常磐興産会長・斎藤一彦

映画「フラガール」の舞台としても有名な常夏リゾート「スパリゾートハワイアンズ」。東日本大震災から2年が経過した今も、原発処理、風評被害など様々な逆境に苦しむ福島県の太平洋沿岸部いわき市に位置しながら、年間140万人という驚異の集客力を誇る。東京から200キロと決して近くない東北のリゾート地に、人々はなぜ殺到するのか? 数々の地方リゾートが破綻する中、生き残る “地方の奇跡”に迫る!

◎「行かなきゃわからん!驚異のハワイアンズ」
東京駅バス乗り場に続々と集まる老若男女…バス4台は満車。みんながウキウキの行き先は…福島県の太平洋沿岸部いわき市にある「スパリゾートハワイアンズ」。東京ドーム6個分の敷地に約20の温水プールや温泉、約500室のホテルを併設した巨大温泉リゾートだ。2006年公開の映画「フラガール」がヒットし、震災前は年間130万人が訪れたが、震災の影響で半年間休業し来場者も30万人に激減。しかし復活1年で震災前の水準に戻すという驚異の集客力を誇る。「3世代の客を取り込む様々な施設づくり」「1万2千円ポッキリで大満足の格安感」「東京など首都圏からの往復無料バス」「館内全て水着裸足OKのリラックス感」…などなどハワイアンズ独自の集客の秘密を大公開!

◎炭鉱が生んだフラガール…不屈の一山一家
ハワイアンズの象徴でもあるフラガールの原点が“炭鉱”だ。実はハワイアンズの前身は本州最大の炭鉱として戦後日本のエネルギーを支えた『常磐炭鉱』。しかしエネルギーが石油にかわり閉山に追い込まれる中、当時の副社長だった中村豊(故人)が思いついたのが沸き出す温泉を利用したリゾート「常磐ハワイアンセンター」だった。「父がホテルマン、母が厨房で皿洗い、息子がコックで娘がフラガール」。そんな家族総出で作り上げた施設。そんな彼らを支えたのが「一山一家: ひとつの山はひとつの家族」という炭鉱ならではの企業風土だった。オープン後も石油危機やバブル崩壊、そして大震災…。地方にありながら幾多の苦難を乗り越えてきた「一山一家」のDNAとは何なのか。

◎地元に喜ばれる施設こそ生きる道
平日のオープン前から続々と集まって来るのが「毎日、風呂に入りくる」という地元客。ハワイアンズは、観光客だけでなく地元客を取り込む様々な工夫をしている。地元の為に発行するのが年間パスポート。13ヶ月で2万円だが毎日くる地元客にとっては1回約50円。「家の風呂より安い!」と会員数は3000人を超す。さらに地元を周遊する無料バスまで。「全ては地元のため」斎藤会長は、震災後から現在に至るまで、フラガールを無償で全国へ送り、福島県やいわき市のPRを行っている。さらに地元いわき市の「観光協会」の会長もつとめ、地元と積極的に連携をとっている。「観光は街づくり。地元の活性化がハワイアンズの為になる」それが斎藤の信条だ。

≪ゲストプロフィール≫
1945年 福島県いわき市生まれ。祖父、父ともに常磐炭鉱に従事する炭坑一家の三代目として誕生
1968年 中央大学法学部卒業後、「常磐ハワイアンセンター」オープン後の第1号社員として入社
1994年 観光事業本部ホテルハワイアンズ総支配人
1997年 常磐興産 取締役観光事業本部長
2002年 代表取締役社長
2013年 代表取締役会長

≪会社プロフィール≫
設立: 1966年(昭和41年)1月 ※前身の常磐炭鉱は1883年(明治16年)
本社: 福島県いわき市常磐藤原町蕨平50番地
売上高: 471億円(2013年3月期)
従業員: 445人
(original text from TV-Tokyo site)

テレビ大阪 54min 2013-07-11 Air check by Sony Giga Pocket Digital 3.5 Stereo





●日経スペシャル カンブリア宮殿|“奇跡の集客”シリーズ第2弾!
「世界を掴む“加賀屋流おもてなし”の秘密 33年連続日本一の旅館…その裏側」 加賀屋会長・小田禎彦(さだひこ)

『プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選』(主催: 旅行新聞社)で33年連続の日本一に輝くのが石川県和倉温泉にある加賀屋だ。高級旅館として知られる加賀屋は1泊2食付で5万円も当たり前という価格設定だが、それでも「一度は泊まってみたい」という客が年間を通して訪れ、利用者はグループで年間29万にものぼる。客室稼働率は全国の旅館の平均が48%というなか、驚異の80%となっている。そんな加賀屋の人気を支えるのは、客に圧倒的な満足感を与える独自のおもてなしだ。宿泊客の情報をしっかり押さえ、客室係が出迎えから見送りまで心地の良い接客が味わえる。番組ではそのおもてなしに密着した。加賀屋は1906年(明治39年)、小田禎彦会長の祖父母が、部屋数わずか12の温泉旅館として創業。それが今では増築を繰り返し客室数232にもなり、売り上げは120億円という大旅館へと成長した。長いデフレに多くの旅館が価格競争で疲弊し苦闘するなか、なぜ加賀屋は、高級旅館として勝ち続けられるのか? 宿泊客をとりこにする「おもてなし」への執念はどこから生まれたのか? カンブリア宮殿が解き明かす!また2010年に台湾に進出した加賀屋も取材。日本のおもてなしは海外でも通用するのか? 開業から3年経った台湾加賀屋のいまにカメラが入った!

◎加賀屋の圧倒的おもてなし力
石川県の七尾湾に面する和倉温泉。この小さな温泉街にそびえるのが、巨大温泉旅館・加賀屋だ。年間利用客数はグループで29万人にのぼり、最上位クラスの部屋だと1泊2食付き5万円も当たり前という価格に、平日でも客が殺到する。加賀屋の人気を支えるのは、客に圧倒的な満足感を与える独自のおもてなしだ。到着から出発まで同じ客室係が担当し、かゆい所に手が届く接客は感動的ですらある。加賀屋では客室係が客へのサービスに専念できるよう、料理を運ぶ手間をなくす全自動システムまで導入するなどして、加賀屋流のおもてなしに磨きをかける。加賀屋の裏側に迫る。

◎全ては失敗から始まった…おもてなしを作った女将
加賀屋の創業は1906年(明治39年)。3代目の小田禎彦会長の祖父母が部屋数わずか12室の温泉旅館として始めた。その加賀屋が日本一と呼ばれる礎を築いたのが、小田の両親である2代目の與之正、孝夫妻だ。女将・孝は、客の出迎えに寝坊するというひとつの失敗をきっかけに一念発起。現在の加賀屋流おもてなしを作り上げた。加賀屋では現在も「失敗から学ぶ」ことを徹底、年間2万5千通の客からのアンケートを元に、様々な改善活動を続けている。

◎“おもてなし”を世界へ売れ!
加賀屋は2010年に台湾へ進出。90室の温泉旅館を開業し、現在その経営も軌道に乗り始めている。加賀屋の台湾戦略の最大の特徴は、日本の加賀屋と同様に“客室係による丁寧な接客”を基本としたおもてなし。そんな日本式のおもてなしが話題を呼び、日本の加賀屋を訪れる台湾人が急増。相乗効果で北陸の観光地に賑わいが広がっている。加賀屋の今後の戦略とは?

≪ゲストプロフィール≫
1940年 石川県七尾市和倉町生まれ。
1962年 立教大学経済学部卒業後、加賀屋入社
1979年 専務取締役を経て、株式会社加賀屋代表取締役社長
1986年 七尾商工会議所副会頭 及び 和倉温泉旅館共同組合理事長
2000年 株式会社加賀屋代表取締役会長
2002年 七尾市観光協会会長 及び 石川県観光連盟副会長

≪会社プロフィール≫
株式会社 加賀屋
設立日: 1906年(明治39年)
本社: 石川県七尾市和倉町ヨ部80番地
売上高: 120億円
従業員: 800人
(original text from TV-Tokyo site)

テレビ大阪 54min 2013-07-18 Air check by Sony Giga Pocket Digital 3.5 Stereo





●日経スペシャル カンブリア宮殿 「“30分待っても乗りたい” 驚異のリピート率90% “幸せ”サービスで客の圧倒的支持を集める 長野発タクシー革命!」中央タクシー会長・宇都宮恒久

長野市民から圧倒的な支持を得て、県内ナンバー1の売上実績を誇るタクシー会社、中央タクシー。地方で経営するタクシー会社の9割が赤字といわれる中、2012年度の経常利益は過去最高を記録した。一体、長野のこのタクシー会社の何がそんなにすごいのか? 実は中央タクシーのお客の9割が電話予約だ。街をながしながら客を見つけるスタイルとは一線を画す。一度でも乗ればほとんどの客がリピーターに・・・。その秘密は徹底した“真心サービス”にある。中央タクシーのドライバーは皆、タクシー会社とは思えないほど親切すぎるほどの親切。高齢者にはさっと手を貸し、さりげなく買い物袋を運び、雨の日には傘も差す。そして車内の会話を通してお客の家族のことを気にかけ、300メートルという超近距離でも喜んで運行してくれる。それはまるで、身内のような存在。そんな中央タクシーには、客からの感謝の手紙が絶えない。そこには、感動の接客エピソードの数々が…。「客の幸せが先、利益は後」そんな経営理念で長野では知らぬ者はいない感動のタクシー会社の奇跡の経営に迫る!

◎長野発!感動のタクシー会社
中央タクシーは長野市民から圧倒的な支持を得るタクシー会社。車両数100台あまりだが、売り上げは約15億円で長野県No.1。しかも地方で経営するタクシー会社の9割が赤字といわれる中、2012年度の経常利益は過去最高益を更新した。中央タクシーの本社をのぞくと予約の電話が途切れることなく鳴り響く。実は中央タクシーの客は9割が電話予約。客が「30分待ってでも乗りたい」というほどの人気を支えるのは、徹底した“真心サービス”だ。丁寧な接客は当たり前。雨の日は玄関まで傘をさし、高齢者には手を貸し、買い物袋を運び、さらにたった300メートルの距離でも喜んで運行してくれる。それはまるで、身内のようなサービス。「客の幸せが先、利益は後」そんな経営理念で長野では知らぬ者はいない感動のタクシー会社とは?

◎接客の秘密は“日本一仲良し”な人間関係
中央タクシーに、接客マニュアルは存在しない。実は、その質の高いサービスを支えているのは驚くほど仲の良い社員たちの人間関係だ。会長の宇都宮恒久は言う。「社内の良い人間関係こそが、良いサービスを生み出す」と。宇都宮のこの信念はどこから生まれたのか? 中央タクシーは、離職率が20〜30%といわれる業界にあって、わずか1.5%という低い離職率を実現。社員同士の幸せが客を幸せにするという好循環を生み出している。この“言うは易く行なうは難し”の理想的な経営スタイルはなぜ実現できたのか?

◎好調!新サービスの家旅(イエタビ)とは?
「お客様がタクシーに求める事を実現したい」常々そう考えヒット企画を生み出している中央タクシー。最近人気を呼んでいるのは、業界初の試み「家からの旅」通称イエタビだ。それは、乗り合いタクシーを使った自宅からの日帰り旅行。県内観光地を周るだけでなく「歌舞伎座ツアー」「咲いたら行くお花見ツアー」「孫と行く夏休みツアー」など顧客のニーズに合わせた様々なプランを企画。運転手たち自らが企画開発に関わることで、他にない気配りの行き届いたサービスをつくり上げている。タクシーの新たな地平を切り拓くべく、社員は今日も挑戦を続けている。

≪ゲストプロフィール≫
1947年 長野県生まれ、日本大学工学部中退後、父親のタクシー会社に入社。
1975年 28歳の時に独立
2008年 会長就任

≪会社プロフィール≫
設立: 1975年
本社: 長野県長野市若穂保科265
売上高: 14億7千万円(2012年9月期)
従業員: 206人(乗務員165人)
車両数: 109台
(original text from TV-Tokyo site)

テレビ大阪 54min 2013-07-25 Air check by Sony Giga Pocket Digital 3.5 Stereo





●日経スペシャル カンブリア宮殿 「年商4000万円の農家続出 ニッポン農業の未来はココに!」 和郷園代表理事・木内博一

作った野菜を提供するカフェを経営し、加工や冷凍などの工場も自前で所有。さらに野菜工場の研究・開発にも関わり、証券会社と共同で農場を運営…。農業に関わることなら何でもやる!これが、農家集団「和郷園」だ。「和郷園」は、主に千葉県にある92軒の農家からなる農事組合法人。この農家集団を束ねる、自身も農家の木内博一は言う。「僕らは食材製造業だ。原料となる野菜を作り、それを加工し、販売する。メーカーとして当たり前のことをやっているだけ」。そしてそこに貫かれているのは“儲かる農業”。和郷園グループは今や売り上げ60億円、約1500人の雇用を生み出している。だから年商4000万円の農家も珍しくない!未来を拓く、農家集団の挑戦を追う。

◎「月給5万円」からの反撃!儲からない農業を変えろ!
和郷園が設立されたのは91年。木内が仲間と共に5人でスーパーに直接販売を始めたのがきっかけだった。儲からない農業を変えたい…。そんな思いが木内たちを貫いていた。和郷園は “普通の農業”から決別。例えば「売り先を決めてから作る」=受注生産に転換、今では安定した利益に繋げている。

◎「僕らは、食材製造業だ!」加工から冷凍、販売までを担う最強農家集団
「僕らは食材製造業だ」。木内は、和郷園の経営理念をこう語る。つまり、農作物を生産するだけでなく、メーカーのように、加工から販売までをやろうというのだ。農業に関わることなら何でもやる、というわけだ。例えば、通常なら野菜が豊作になると、価格が下落し利益が出にくくなって廃棄したりする。だが和郷園では、そうした野菜を冷凍し、時季を外して販売する。さらに見た目が不揃いな野菜も、加工してカット野菜や総菜調理用の野菜として販売している。そのための冷凍工場も加工工場も、「和郷園」グループで技術開発、所有までしているのだ。

◎新発想で、農業のビジネスチャンスを広げる!
和郷園と木内の挑戦は、いま、農業の枠組みをも越えて広がっている。スーパーと共同で進めているのが、太陽光を使わない野菜工場の研究開発。農家集団が、土を離れた野菜づくりに挑んでいるのだ。さらに、木内は野村証券とタッグを組み、農業コンサルビジネスにも乗り出した。農業の可能性を自らの手で広げる…!木内はニッポンの農業ビジネスの最先端を走り続けている。

≪ゲストプロフィール≫
1967年 千葉県生まれ
1989年 農業者大学校卒業
1996年 有限会社和郷 設立
1998年 農事組合法人和郷園 設立
2005年 有限会社和郷を株式会社和郷に組織変更

≪会社プロフィール≫
設立: 1998年
資本金: 2000万円
契約農家: 92軒
グループ関連会社: 19社
(original text from TV-Tokyo site)

テレビ大阪 54min 2013-08-01 Air check by Sony Giga Pocket Digital 3.5 Stereo





●名曲アルバム 「弦楽四重奏曲“ひばり”」

宮廷音楽家ゆえの制約を受けながらも独自の世界を築き上げたハイドン。中でも「ひばり」は親しみやすい旋律で知られる名曲である。ハンガリーで豊かな富と勢力を誇った大貴族、エステルハージー家の宮廷音楽家として30年近く仕えたハイドンは、毎晩のように自作の交響曲や室内楽曲を演奏した。侯爵の望みに応じて作曲し宮廷内の演奏活動を取り仕切った日々が、大作曲家ハイドンを育んだのである。

作曲: ハイドン
演奏: 古典四重奏団
映像: アイゼンシュタット(オーストリア)
(text from NHK site)

NHK教育 5min 2013-04-17 Air check by Sony Giga Pocket Digital 3.5 Stereo

> NBDR-0252にもあり



>ディスク設定: DRモード、本編区間のみ書き出し







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