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●NNNドキュメント'18 「宅老所の人々」 ~認知症とともに生きる~

認知症のお年寄りだけが通う「宅老所」が長野市にある。一見すると普通の民家のような小さな施設で、ここに通う人はお茶を飲みながら話し、歌い、ゲームをして心穏やかに一日を過ごす。認知症になった71歳の息子を連れて施設に通う95歳の母親。不安と恐怖で思い出の写真を破り捨ててしまった106歳の女性。8年後には患者数が約700万人に上ると推計される中、「老い」を見つめ「認知症」と向き合い暮らす人たちを追った。
(text from NTV site)

読売テレビ 30min 2018-01-07 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●かんさい熱視線 「“障害者大量解雇” 社会参加をどう進めるか」

障害者が大量に解雇される事件が相次いでいる。舞台となっているのは就労継続支援A型事業所。一般企業への就職を目指す障害者が雇用契約を結び、賃金を受け取って働きながらスキルアップを図る場だ。しかし、障害者支援スキルのない企業が国からの給付金目当てに参入、運営に行き詰まった結果、閉鎖に至る例が少なくないと見られる。大量解雇の背景を取材、障害者の社会参加をどう進めていくのか考える。
(original text from BK site)

NHK総合 30min 2018-01-26 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo

> 東ちづる、A型事業所全国協議会理事長・久保寺一男

> BDR-0534に 視点・論点 「障害者によりよい就労の機会を」あり
> BDR-0803に ハートネットTV 「食い物にされる"福祉"」あり





●人生デザイン U-29 「フードトラック経営」

近頃盛り上がる個性豊かなフードトラックの世界に飛び込んだ22歳2人組に密着。NY仕込みの料理を自分たちのスタイルで!と去年秋営業開始。彼らが求めるカッコよさとは? 世界各国の料理をスタイリッシュに販売するフードトラック。大竹真広さんと山岸次郎さんは、去年秋にNYで人気のチキンオーバーライスを売るフードトラックをオープンさせた22歳の2人組。ありふれた仕事には就きたくないと、高校卒業後はアメリカへ。働く時間も場所も自分で決められるフードトラックと出会った。これからの稼ぎ時に向けて、売り上げを伸ばそうと新メニューの開発に着手した2人。ところが思わぬ事態が起こり…
(original text from NHK site)

NHK教育 25min 2017-08-22 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●ドキュメント72時間 「山奥の不夜城レストラン」

中国山地を走る国道沿い。深夜、七色の輝きを放つ不思議なファミリーレストランがある。「山賊の砦」をイメージしたという外観、豪快な料理にド派手な飾り付け。あの手この手でお客さんを楽しませている。日中は家族連れで賑わう店も夜になると一変。若者たちが灯りに引き寄せられるように次々集まる。地元では、免許を取ったらまずこの店を目指すと言われるレストラン。わざわざ山を越えて訪れる理由は何なのか?
(original text from NHK site)

NHK総合 25min 2017-08-25 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●超入門!落語 THE MOVIE season2 「置泥」「掛け取り」

ふだん想像で楽しむ落語を、落語家の語る噺に合わせ、あえてアテブリで映像化… 初心者でも楽しめる新たなエンタメ。 「置泥」=貧乏長屋に押し入った泥棒(カンニング竹山)。ところが中で寝ていた男(浜谷健司<ハマカーン>)は、驚くどころか「俺を殺してくれ」とせがみ始めた…。「掛け取り」=年の暮れになると、どこの家にもやってくる借金取り(掛け取り)。金のない八五郎(ウド鈴木<キャイ~ン>)は、取り立てに来た相手の好きなものを利用して、あの手この手で絶品の言い訳を…。案内人・濱田岳による「現代版マクラ」も必見!
(original text from NHK site)

NHK総合 25min 2017-12-14 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●NHK映像ファイル あの人に会いたい 「演出家・蜷川幸雄」

「純粋に芝居がおもしろいってこともあるんですけど 自分にしか作れない何かがありそうな気がする。誰も見た事のないもの作りたいなというのがあって、それが、やりたくて、やりたくてしょうがない。」: 「世界のニナガワ」と呼ばれた演出家・蜷川幸雄。高校卒業後、俳優を目指して劇団に入るが、演出家に転身。新劇・アングラ劇団・大劇場の商業演劇と、活躍の場を変えながら常に新しい演劇を目指して闘っていた。蜷川といえば、厳しい演技指導が知れ渡っているが、その背景には独自の俳優論・演技論があった。「主役とか端役とはではなく、みんながチャンと自分の世界を主張して欲しい」と語る。世界をアッと言わせたのは「NINAGAWAマクベス」。シェークスピアの「マクベス」の設定を、日本の戦国時代に置き換えた。時と場所を変えても、シェークスピアの普遍性は伝わるのか… 蜷川の大胆な挑戦は、ロンドンでも高く評価された。最後の挑戦は俳優全員が高齢者、それもほとんどが素人の劇団。蜷川が探していた「お年寄りの豊富な人生経験が滲み出るような演技」は大成功し、海外公演まで実現した。名声に甘んじることなく、最後の最後まで、自分がやりたい芝居を探し続けた人生だった。
(original text from NHK site)

NHK総合 10min 2017-02-04 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●NHK映像ファイル あの人に会いたい 「漫画家・横山泰三」

「その時にハハと笑ってくれるのが 僕は一番いいと思うね いきなり相手のことを野次るのじゃなくて ちょっとそこに面白味を入れて というところがいいんじゃないですか」: 社会風刺漫画「プーさん」や「社会戯評」で知られる漫画家・横山泰三。今年、生誕100年を迎える。独特な線とアイデアで世の中を1コマで表現した作品は、多くの人々の共感を呼んだ。昭和29年に朝日新聞で連載開始された「社会戯評」は39年間、実に13561回の長寿漫画となった。そのバイタリティ・強烈な風刺精神は、どこから生まれたのであろうか。横山泰三は大正6年、土佐の高知県生まれ。生家は高知でも指折りの生糸商だった。しかし6歳の時、大黒柱の父が倒れ一家は離散。6人兄弟の次男坊だった泰三は叔父叔母の家をたらい回しされ、使用人同様の扱いをされた。この時の体験から、簡単には人や物事を信じない性格が培われたという。16歳の春、すでに漫画家となっていた8歳年上の兄・横山隆一を頼って上京。兄の反対を押し切って美術学校に入り、画家を目指した。しかし20歳で赤紙召集され、中国戦線に出征。戦争が終わった時はすでに28歳。兄から独立するため漫画を描き始める。アメリカ人画家・スタインバーグに強い影響を受け、極端に省略した線だけで漫画を描く独特のスタイルを生み出した。昭和29年、「プーさん」で菊池寛賞受賞。時代が平成に移っても辛辣な批評精神は衰えず、作品を発表し続けた。
(original text from NHK site)

NHK総合 10min 2017-03-04 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●NHK映像ファイル あの人に会いたい 「俳優・平幹二朗」

「自分の大きさの中に満たさなきゃいけないものが いっぱいあって 燃焼する温度を低くしておいて ぶわっと燃え上がらなきゃならない そのために“怪優”になってしまったところがある」: 圧倒的な華やかさと存在感で舞台や映像を制し、多くの人を魅了した俳優・平幹二朗(ひら みきじろう)さん。誰もが認める“名優”は、現状に立ち止まることなく常に新しい芝居を追究し続ける“役者魂”の体現者であった。ライフワークとした舞台では「王女メディア」「NINAGAWAマクベス」をはじめとして、シェークスピア作品からギリシャ悲劇・現代劇まで、激しさ・醜さ・優しさ・苦悩などを自在に操る鬼気迫る演技で、“怪優”とも呼ばれた。1933年(昭和8年)、広島市内の映画館や芝居小屋の多くある興業街で生まれ、高校時代に演劇に触れる。卒業後、俳優座の千田是也の元で演技を学び、1957年(昭和32年)のNHKドラマ「獣の行方」(主役抜擢)でデビュー。順調な歩み出しに満足せず、「もっと違う芝居、もっと激しい役を」と、劇団四季の浅利慶太の元へ移り研鑽を積む。磨かれた個性は、1970年代前半の2作の大河ドラマの主役(「樅の木は残った」原田甲斐役、「国盗り物語」斉藤道三役)で開花、国民的俳優と呼ばれる存在となる。しかし、その中で平さんは壁にぶつかっていた。「もっと演技が出来るはず」。この“高み”を目指し続ける平さんの追究心と、新たな演劇を模索していた蜷川幸雄の演出が呼応。誕生したのが、後に300回を超える公演を数え、“伝説”と呼ばれる舞台「王女メディア」(1978年)だった。「社会的に抑圧された男性ではなく、情念の吹き出す女性の役に魂を捧げたことで、内面の殻を打ち破れた」。その後も舞台に映像にと活躍しながら、他者を圧倒する演技を披露し続けた平さん。自身の演技の追究だけでなく、その気迫と情熱、演じることの真髄を、若い俳優たちに背中で伝え続けた。「まだまだやりたいことがある」と、最期まで生涯を舞台・芝居に捧げた。
(original text from NHK site)

NHK総合 10min 2017-03-18 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo





●NHK映像ファイル あの人に会いたい 「千日回峰行 大阿闍梨・酒井雄哉」

「今生きていること自体が呼吸して生きている それ自体がもう感謝の気持ち それで世の中というのはやっぱり酷なようだけど 無常の世界 いつ何が起きても当たり前 自然の中にいるのだから」: 大阿闍梨・酒井雄哉。仏道の中でも最も厳しいとされる「比叡山千日回峰行」を2度達成した行者。千日回峰行とは、延べ1000日・7年間かけて比叡山に点在するお堂や塔・お墓・石仏、それに草木一本一本を拝み巡る、比叡山独特の「行」である。最大の難関は700日目の「堂入り」。9日間断食・断水・不眠不休を続け、行者は死と向き合いながらひたすら不動明王と一体となることを願う。この荒行を2度満行した行者は1000年を超える比叡山の歴史の中でも3人しかいないという。酒井雄哉は大正15年に大阪市で生まれた。昭和19年 予科練に入隊。特別攻撃隊員として終戦を迎えた。戦後は闇屋やセールスマンなど様々な職業を転々とし、株で失敗して多大な借金を抱える。33歳で結婚するが、わずか数か月で妻に自殺されてしまった。悩んだ末、39歳の時に得度して比叡山延暦寺に入る。昭和48年 47歳の時、千日回峰を開始。翌昭和55年10月に満行。更に半年後に2度目の千日回峰に入り、昭和62年7月 60歳という最高齢で2度目の満行を達成。「すべてが仏となる」という境地に達した。
(original text from NHK site)

NHK総合 10min 2017-03-25 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Stereo

> DR-218に NHKアーカイブス|NHK特集 「行」 ~比叡山 千日回峰~ あり
> GP-1301に こころの時代 「歩くことは生きること」 酒井雄哉 あり
> GP-1302に こころの時代 「シリーズ・行(2) 千日回峰行」 酒井雄哉 あり
> BDR-0172に こころの時代 -宗教・人生- 「人生、これ修行」酒井雄哉 あり
> BDR-0763に NHKアーカイブス 「比叡山 千日回峰 ~“一日一生”いまを生きる~」 あり





●視点・論点 「賞味期限と食品ロス」 女子栄養大学非常勤講師…井出留美

NHK総合 10min 2017-02-02(教育での同日再放送) Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Mono

白血病だった私がベンチャーで食品ロス解決に挑む理由|TABETE|Business Insider Japan





●視点・論点 「鳥の生き方に学ぶ」 立教大学名誉教授…上田恵介

NHK総合 10min 2017-02-03 Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Mono

> オシドリの実際、托卵、薪炭林





●視点・論点 「浮世絵と江戸の食」 キュレーター・アートライター…林綾野

NHK総合 10min 2017-02-06(教育での同日再放送) Air check by Sony Giga Pocket Digital 4.2 Mono



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