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●プロジェクトX (123) 「桂離宮 職人魂ここにあり」 〜空前の修復作戦〜


京都・桂川の畔に日本最高の建築がある。桂離宮。
およそ400年前、天皇の弟・八条宮智仁親王が源氏物語の世界に憧れ、造った別荘。
広大な廻遊式庭園の中心に立つ御殿は、木目が最も美しい北山杉の風合いを生かした数寄屋風書院造り。
柱の節一つ一つの位置まで、室内の調度品や襖絵と調和するよう、緻密に計算されている。
戦前訪れたドイツの建築家、ブルーノ・タウトは言った。「泣きたいような美しさ。永遠の美がここにある。」
以来、その名声は世界に轟いた。しかし、昭和40年代。老朽化した桂離宮に崩壊の危機が迫った。
シロアリに喰われ、柱はボロボロ。白壁にはひび、床は傾いた。
その時、大工に左官職人など、京都中の名工達が結集した。昭和51年、空前の大修理が始まった。
柱や床板、1万の木材をいったん解体し、補修して組み直す。しかし柱の節ひとつ違っても、桂離宮の美は失われる。
そのままの姿を保つため、繊細な作業が求められた。職人達を束ねる工事事務所の所長に抜擢されたのは、
工事全体を請け負った大手建設会社の技術者、水本豊弘、35歳。あだ名は仁王。
高卒で入社、20代でビル建設の現場監督を任されてきたが、日本建築に関してはズブの素人だった。
水本は現場で必死に職人たちに話しかけたが、大工の棟梁・川上英男はじめ、寡黙な男達から返事は返ってこない。
水本は悩んだ。「自分が桂離宮をダメにしてしまうかもしれない。」水本の頭髪は一夜にして真っ白に変わった。
一方、棟梁の川上は柱の見た目を変えない接ぎ木の方法に苦しんでいた。
そして、全てを決める白壁の修復。京都一の左官といわれた小川久吉が400年前の謎の塗りに挑んだ。
日本が世界に誇る建築を蘇らせるため、困難な仕事に立ち向かった人々の技と執念を描く。
(text from NHK site)

NHK総合 45min 2003-09-02 Air ckeck by Sony Giga Video Recorder v4 Stereo (MPEG-1)








 

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