Polygon

[ DR-782 ] 詳細    |このページを閉じる|





●「ラーメンより大切なもの 〜東池袋大勝軒 50年の秘密〜」

過去3回にわたりフジテレビ「ザ・ノンフィクション」で放映され大きな反響を呼んだドキュメンタリーを映画化。伝説のラーメン屋「東池袋大勝軒」の店主・山岸一雄の人生を、13年におよぶ貴重な記録映像に山岸の故郷・長野の美しい情景を加えて描く。
監督: 印南貴史/出演: 山岸一雄、谷原章介/音楽:高田耕至 90分 2013
(text from Rakuten Rental site)

> BDR-0688|サラメシ season5 第21回|俳優・川谷拓三が愛した中華そば(2015-10-12)にも同店が登場

> 「大勝軒」分裂!「2代目がひどい仕打ち」弟子31人クーデター スポーツ報知 2015年10月4日(日)7時8分配信
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京豊島区)の創業者・山岸一雄氏(享年80)が今年4月に亡くなって半年、大勝軒が揺れている。約60人の弟子で構成された互助組織「大勝軒のれん会」が分裂。「のれん会」を脱会した弟子ら31人が今年8月、「大勝軒 味と心を守る会」を発足した。「守る会」代表の一人で「お茶の水、大勝軒」店主・田内川真介氏(38)は、「2代目からひどい仕打ちを受けた。山岸さんの後継者として認めるわけにはいかない」などと話し、真っ向から対立する構えを見せている。“ラーメンの神様”と呼ばれ全国に100人以上弟子がいるという山岸氏が4月1日にこの世を去ったわずか4か月後、「東池袋大勝軒」2代目店主・飯野敏彦氏(47)に対して“クーデター”が勃発していた。田内川氏によると、7月末に「のれん会」から16人の弟子が脱会。同会に所属していなかった弟子らと合流し、8月1日に「味と心を守る会」を全国31店で発足した。同会は「飯野氏を2代目と認められない。我々こそが本流」と宣言した。分裂が決定的となったのは、山岸氏の告別式が執り行われた4月8日だった。田内川氏らによると、焼香を終えると、雨が降る中、葬儀が終わるまで外で待たされ、火葬場の場所も知らされなかったという。「せめてマスターと最後のお別れがしたい」と火葬場を探し、たどり着いたが「身内だけしか入れない」と、古参を含め約20人の弟子は門前払いを受けた。その夜、集まった多くの弟子の中から「亡くなったことや葬儀の日程も知らされなかった。『のれん会』にいる意味があるのか」などと怒りの声が噴出。飯野氏側から謝罪はなかったという。「守る会」の相談役となった「東池おはこ大勝軒」店主・柴木俊男氏(67)は、07年に閉店となった旧本店で約15年間、番頭を務めた。「47年も付き合いがあるのに火葬場に入れてくれなかった。弟子に対する愛情を感じない」と語った。これに対し、飯野氏は、火葬場で弟子らを門前払いをしたことは認めたが、「自分が言葉にすると影響が大きい」と詳細は語らなかった。「守る会」については「無理やり一緒にいるより、いいかもしれない。分裂して良い結果になることもある。同じ釜の飯を食べた仲間たちなので頑張ってほしい」とエールを送った。「のれん会」は、業者の紹介や、均等に取材が受けられることなどを目的として、08年ごろに弟子らで設立されたというが、「『のれん会』に所属していても、店のPR取材の対応や、新商品開発などは本店の許可を得なければならず自由がなかった」と田内川氏。2日に開幕した「大つけ麺博」(東京都新宿区)に、「山岸一雄一門」として14日から参加する。今後は「守る会」に参加する店を増やし、本店に対抗していく考え。グッズ開発なども視野に入れている。ラーメン評論家・大崎裕史氏「山岸さんは心を開いて、多くの弟子をとっていたので、いつかは分裂するのではと思っていたが、こんなに早いとは…。でも、一門が分裂することは、よくあること。田内川さんの店はとても忠実に(山岸さん時代の)大勝軒の味を再現していて、山岸さんは体調が悪い時もよく食べに行っていた。2代目の飯野さんは山岸さんが生前に認めた人だから、それぞれのグループが大勝軒を盛り上げていけばいいと思う」

分布図画像「のれん会」と「味と心を守る会」の分布図 (C)スポーツ報知



> 大勝軒創業者・山岸氏の妹「怒ると思う」弟子分裂騒動で心境語る スポーツ報知 2015年10月5日(月)7時33分配信
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京・豊島区)の創業者で、今年4月1日に亡くなった山岸一雄氏(享年80)の弟子約60人で構成された互助組織「大勝軒のれん会」が分裂状態にあることについて、山岸氏の妹・斉藤節子さん(78)が、スポーツ報知の取材に応じ、心境を語った。現状を聞き心を痛める節子さんは「みんな仲良くやってほしい」と訴えた。2007年に閉店となった「大勝軒」旧本店時代には、店頭に立ち兄を支えてきた節子さんは、弟子たちが分裂状態にあることについて「全く知らなかった」と驚いた。「東池袋大勝軒」2代目店主・飯野敏彦氏(47)に対して「のれん会」を脱会した弟子らを含めた31人が「大勝軒 味と心を守る会」を8月1日に発足したが「みんな仲良くやってほしいのに…」と複雑な表情を浮かべる。「守る会」代表の「お茶の水、大勝軒」店主・田内川真介氏(38)は、脱会した大きな要因として、4月8日に執り行われた山岸さんの告別式の後、火葬場に入れてもらえなかったことを挙げた。当時、喪主を務めた節子さんは「弟子が閉め出されているとは思わなかった。かわいそうだった」と振り返り「本店幹部の判断だったと思う。ちょっと頭にきた」と話した。通夜・告別式では、香典返しとして「東池袋大勝軒」とメーカーが共同開発したカップ麺が配られた。節子さんは関知していなかったが、親戚から「何でカップ麺なのか」と苦言もあったという。「普通は(香典返しは)お茶やハンカチなのに。葬儀業者も驚いていた」と明かした。節子さんは一方で、飯野氏については「兄が認めた2代目で、マジメで優しい」と人柄を評価し、期待をかけている。「兄は子供がいなかったから、お客さんに『息子ですか?』と言われるとうれしそうにしていた」という。“ラーメンの神様”として多くの人に愛された山岸氏が亡くなって程なくして弟子たちは分裂。節子さんは「今は店の経営に関わっていないので、何も言えない。でも『麺絆(めんばん=メンがつなぐきずな)』という言葉が好きだった兄が生きていたら『何やってるんだ』と怒ると思う」とさみしそうに話していた。



> 大勝軒分裂騒動、“本家”が仲裁へ! スポーツ報知 2015年10月11日(日)7時6分配信
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京・豊島区)の創業者・山岸一雄氏(享年80)の弟子約60人で構成された互助組織「大勝軒のれん会」の分裂騒動が、新たな局面を迎えている。「東池袋大勝軒」の“本家”に当たる「中野大勝軒」(東京・中野区)が10日、仲裁へ動き出したことが分かった。山岸氏の再従弟(はとこ)にあたる「中野大勝軒」社長の坂口光男氏(59)は「何とか2人が話し合える場所を設けたい」と年内にも和解させたい考えを明かした。“ラーメンの神様”と呼ばれた山岸氏の死から程なくして起きた「のれん会」の分裂騒動に、「全国にある大勝軒全体が傾くかもしれない」と坂口氏は強い危機感を募らせている。「東池袋大勝軒」2代目店主・飯野敏彦氏(47)らと分派「大勝軒 味と心を守る会」の間にできた溝。かつて山岸氏と店頭に立っていた妹・節子さん(78)が経営から退いている現在、「双方に話ができるのは自分しかいない」と坂口氏が和解へ立ち上がった。この日までに、双方と連絡を取ってきたが、飯野氏からは「今度会って話します」と言われてから音沙汰がなかったという。だが、今後も電話などで「年内に話し合える場所を設けるために働きかけていく」と話した。坂口氏が仲裁へ動き出した背景には、「大勝軒」の歴史がある。「中野大勝軒」は1951年に、坂口氏の父・正安氏(享年70)が創業し、坂口氏の再従兄にあたる山岸氏が店で働くようになった。当時、賄いで食べていた“つけ麺”をヒントに、山岸氏が「もりそば」を考案したため「中野―」は「つけ麺の発祥地」として知られる。61年、山岸氏は独立し「東池袋大勝軒」を開店した。こうした流れから中野大勝軒は、いわば現在につながるすべての大勝軒の本家。今回の分裂劇でもどちらの派に属しておらず、仲裁役は坂口氏しかいないとも言える。その上で坂口氏は、分裂が決定的となった今年4月の山岸氏の葬儀で起きた“事件”について詳細に告白。葬儀後の火葬場で、本店側から弟子約20人が閉め出された。山岸氏の再従弟として火葬場にいた坂口氏は、「あまりに横暴な」本店幹部の対応に「何でそんなかわいそうなことをするんだ。中に入れてあげなさい」と注意し、弟子らはお骨だけ拾うことができたという。「火葬場の一件を目にするまで、山岸さんの弟子たちの間にこんな溝ができているとは思わなかった」と坂口氏。「東池袋大勝軒」の社葬として執り行われた葬儀についても「弟子らが合同で行えばよかったのに…。トシ(飯野氏)が前面に出たかっただけなのでは」と明かす。7月に「守る会」代表の一人で「お茶の水、大勝軒」店主・田内川真介氏(38)らから「もう『のれん会』から脱会したい」と打ち明けられていた坂口氏。店のPR取材について本店から許可が下りず、使うように指示されていた小麦粉は値段が高かったなどという事情を聞いた。「彼らの言い分はよく分かる。だからといって仲間同士で反目するのはよくない。こんなことを山岸さんは望んでいない」と語った。

分裂相関図 大勝軒分裂相関図 (C)スポーツ報知



> 大勝軒、仲裁交渉決裂!本家・坂口氏「飯野氏聞く耳持たない」対立から3週間…修復不可能 スポーツ報知 2015年10月28日(水)9時6分配信
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
人気ラーメン店「東池袋大勝軒」(東京豊島区)の創業者の故・山岸一雄氏(享年80)の弟子約60人で構成された互助組織「大勝軒のれん会」の分裂騒動で、仲裁に入った本家の「中野大勝軒」に対し、「東池袋―」2代目店主・飯野敏彦氏(47)が「(分派との)話し合いには応じられない」とし、交渉が決裂したことが27日、分かった。直談判した「中野―」の坂口光男社長(59)は、「トシ(飯野氏)の気持ちは固く、これ以上話しても聞く耳を持たない」と仲裁を断念することを明かした。「のれん会」から山岸氏の弟子が離脱し31店主で結成した「大勝軒 味と心を守る会」と2代目・飯野氏の対立が発覚してから3週間余り、坂口社長の仲裁によって事態が好転すると思われていた。「飯野氏にこれまで電話やメールなどで連絡をしてもほとんど返答がなかった」という坂口社長は、26日午後、都内で開催されている「東京ラーメンショー」に出店中の飯野氏のもとへ足を運んだ。「山岸さんの弟子たちに、仲が良かった頃のように戻ってほしい。ノーサイドにしたい」という思いを伝えるためだった。しかし、その“親心”は、あっさり打ち砕かれた。和解を促すと飯野氏は「私が今、話すことはない」と返答したという。坂口社長は諦めず「今後、守る会側と直接話し合うことはできないのか」と問うと、「話し合いに応じるつもりはない」と答え、「話し合いに応じる」としていた「守る会」側と、正反対の反応だった。結局、約15分間の話し合いの中で、坂口社長は何度も「お互いを理解するためにも会って話す方がいい」と諭したが、飯野氏は前言撤回することなく、物別れに終わった。「想像以上に、トシの意思は固い。関係修復は難しい」と硬い表情を崩すことはなかった。「中野大勝軒」は山岸氏が61年に独立する前に修業していた店で、いわば「東池袋大勝軒」の本家に当たる。さらに坂口社長は山岸氏のはとこだ。一縷(いちる)の望みをかけて、「仲直り」を頼み込んだが、飯野氏に届かなかった。「おそらくこれ以上言っても、トシは聞く耳を持たない。黙っていた方が得策と考えている。仲裁を続けるのは無理だ」と無念さをにじませた。周囲の関係者からも「唯一、騒動を収められそうな人」と期待されていた坂口社長の仲裁断念。大勝軒は分裂状態を解消する大きな機会を逸した。さらに第三者としての立場で他に仲裁に動く人物はおらず修復は不可能といっていい状態となった。






ページ先頭へ